パックラフトでソロの四万十川

+キックボードで、源流から河口まで辿った2023年秋の記録。

あとがき:ただいまを言うまでが遠足

 読む方は「あー無事ゴールしたのね、よかったよかった、終了」で×ボタンを押して閉じてしまってもなんの問題もないのですが、実際に物理的に旅をしているほうは、ここから家まで帰らなければなりません。ただ正直、前回の釧路川の時と違ってここから落とし穴にはまって阿鼻叫喚、みたいなおもしろいオチはなかったので、以降箇条書きで済まそうと思います。

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  • 河口付近に、謎の鉄骨むき出し高層建築があり、近寄って調べたところ津波用避難所らしい。この類の建築物は、このあと帰り道でも四国県内のあちこちで見かけた。
  • 河口から中村中心街までの帰路は、もちろん行きの追い風が今度は向かい風になり速度低下。往路1時間に対し復路2時間弱を要す。
  • 市内のとあるソウルフルなうどん屋さんで昼飯。勝手に四国と言えばうどんだろうと思っていたのだが、お味は山田うどん系。でもまあ店の雰囲気もお客さんも年季が入っており味があった。
  • 大いに時間を持て余し、グーグルマップで見つけた中村城跡というのに登ってみた。眺めはよかったが、理解したのはとにかくこの地域一帯は今年のNHK朝の連続テレビ小説「らんまん」の牧野富太郎を全面推しということ。ノボリやらポスターやら。ついでに翌年も四国出身のやなせたかしが主人公ということでウハウハらしい。未だにテレビドラマの舞台になる位で旅行客が押し寄せるという現実にめまいを覚える。
  • いよいよやれることが無くなり、早めに中村駅に行って予定より早く特急に乗り、空港に向かう。車窓から見える海の青さよ。そして鉄道料金の高さよ。航空券が往復3万円ちょっとなのに、中村から高知までの鉄道料金は5千円弱。
  • 空港についてもなお時間を持て余し、屋上から飛び立つ飛行機を見送る多数の皆様を眺める。本当に皆さん、お年寄りから小さい子まで家族総出で誰かを見送りに来ており、知り合いでもないのになぜか涙を誘われる。
  • 空港の「鰹の漬け丼」というのにうなる。後半はだしをかけてだし茶漬け。帰ってきて同じものを作ってみたが、やっぱり空港のやつのほうがどこか一枚上手だった。
  • 帰りのJALはなぜかキャビンアテンダントさんが小さい飛行機なのに6-7人もいる。さすがJAL!と思ったが、どうも新人さんの研修中らしい。
  • 着陸時のポエム。「オリオン座流星群」「お忙しい日々」「秋の夜空を眺める」by新人さんなのでちょっとかんでる。
  • 羽田から電車で帰る時「都会だと3分おきに電車が来るんでしょ?」の大野見のスーパーのかたのお言葉を思い出す。

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 帰ってきて今思うのは、やはり2023年現在の四万十川はいうほど田舎でも過疎でも、そして清流でもなかったということです(すみません)。四万十町もあれば四万十市もある位、地域の皆様に愛されている川だというのが痛いほどわかるだけに、あえてここでは私の見たものを正直にご報告すべきだと思いました。
 野田さんの著書の中で、流域の住民のかたのお言葉に「このあたりは何も無いものか、なんでもある。あとほしいのはもうちょっとばかり若いひと」というのがありましたが、2023年現在としては、特に江川崎あたりの子供たちの数は目を見張るものがありました。でもそれは、教育機関やスーパーの充実、道路の整備による中核都市への出やすさなど、良くも悪くも単純な「過疎」とは異なる状況に移行しているこの地域の表と裏をなすものであったとも思います。ある意味、昔野田さんがまいた種が色々な形で花開いているのかもしれません。
 一方、あまり皆様から注目されず、実際訪問してみても大変失礼ながら「ここはリアル過疎だ」(良い意味で)と思ったのは源流地域です。景色としては自分の出身地、奥武蔵のそれに似ていたのですが、まるで自分の心の原風景をVRかARか何かで見せられたような気分でした。そして、この年にしてささやかながら冒険を計画し、達成したことでなんとなく心の洗浄ができたような気もします。人間、何かに挑戦し続けないとダメになってしまう、少なくとも自分はそういう人間なんだ、ということを随分久方ぶりに思い出せました。
 源流から河口まで、道々にある数々の魅力。山、川、美味。これらを自分の足、というか自分のキックボードと自分の船で源流から河口まで一筆書きしたからこそ出会えたいろいろな楽しみと苦労。決して人にお薦めできる旅のスタイルではありませんが、自然の豊かさを味わうだけの川旅とは一味違う、噛み応えのある旅ができました。

 また是非、次の機会をうかがって何かしらやらかしてやろうと思います。
 さあて、次は何して遊ぼうかな。

* 2024年6月追記:前回と同じく、本ブログ名と同じタイトルでKindle出版しました。内容はここと同じなので、まとめ読みされたい方のみどうぞ。

四万十川に会いに行く 太平洋にも会いに行く(四万十町vs四万十市)

2023年10月21日(木)
4日目の日程:四万十市中村地区、河口到達、帰路

 いやあ、熟睡してしまいました。根っからキャンプ好きな皆様だとテント泊2回位、屁でもないと思われますが、アラフィフおじさんには寝袋2泊後のフカフカのベッドで寝られることの幸せといったら無いです。中村プリンスホテル、普通に年季の入ったビジネスホテルでしたが、中心街へのアクセスといい、実に快適でした。

  

 さて、ここまで堕落の道を突き進んでしまったからには、最後くらい締めないといけません。ということで早々にホテルのフロントに荷物預かりをお願いして、キックボードで河口に向けて出発です。片道10km、往復3時間程度の見積もり。ルートについて一通り悩んだのですが、やっぱり最後はなるべく川沿いに行きたい、というのと、海との境界となる河口右岸はどうも公園というか有料の施設になっているような雰囲気もあったので、しばらく右岸を進みつつ、途中橋を渡って左岸の砂浜を目指すルートに決めました。


 
 平日朝8時半過ぎ、地域中核都市の中心部。当然通勤の皆様で車も混雑気味です。昨日一昨日まで滞在、通過してきた原風景地域との落差にさすがに戸惑います。なるべく皆様の邪魔にならないよう、おとなしめに歩道を通行。

 
 ほどなく、中村のシンボルである「赤鉄橋」を通過。本当はこのあたりの河川敷に無料の「四万十川キャンプ場」もあったらしいのですが、個人的にはもう悪魔さんとがっぷり肩組んで「ホテル泊まり最高」と胸を張りたいと思います。あ、もう口屋内の河原の石は投げつけなくてもいいですよ。十分痛いので。


 さて、鉄橋を渡ると堤防の上を真っすぐ伸びた、いたく快適な道路になりました。天候は昨日とうってかわって「晴」、かなり強めの追い風が吹いており、なんなら軽めの下り坂のように一ケリで長い距離を進みます。スカーンと青く晴れわたる十月の空、車通行禁止で無人の堤防上道路。視界の半分以上は河口間近の四万十川の流れと、長く長く続くアスファルト。なぜか、「この世の果てというのはこういう景色なのかもしれないな」と思ったりもしました。

 しばらく堤防上の快適な道路が続きましたが、そのうち車道と合流してしまい、歩道が無くなりました。こうなると結構車との距離が近くて怖い。通勤の時間帯なので結構車通りも多く、自分を追い抜き出来ない車が1台はまるとすぐにズラっと後ろが数珠つなぎになって恐縮です。少し遠回りにはなりますが、再び車道から離れた堤防上の道を見つけ、そちらを進むことにします。こんな河口近くでも、支流にかかる小さなかわいい沈下橋もあったりしました。


 途中、大きく立派な橋を渡って右岸から左岸に移動、こちら側は残念ながら河口まで行く道が少々四万十川本流から離れてしまいますが、代わりに支流が近くなります。しかし船も係留されてたりしますし、これはもうどちらかといえば入江ですね。すでに海辺の雰囲気そのものです。

 四万十川河口最寄りの下田港を過ぎると道は集落に入り、そのまま突き進むと防風林と思しき林に突き当たりました。そこを通り抜け、堤防の上に上がれば、そこはそう、もうゴールの太平洋。


 
 太平洋です。
 
 とうとうやってきました。
 
 時刻は9時半過ぎ。キックボードを防波堤に放置し、河口の堤防をなるべく先端のほうまで歩きます。前を見ると太平洋、後ろを見ると四万十川

 そんな宣伝文句を何度か途中見かけましたが、帰ってきて改めて調べてみると、それは旧窪川町が中心の四万十「町」のほうで、ここ旧中村市が中心の四万十「市」のモノではありませんでした。しかしどれだけ四万十川が好きなんだこのあたり一帯。

 何はともあれ、四万十川の源流から出発して、道中色々堕落の道を究めたりもしましたが、なんといっても河口まで到着しました。野田さんの著書で、たしか椎名誠さんの息子さんの岳君達と四万十川を河口まで下った時、最後は「ただひたすら河口の景色を眺めていた」といったような記述があったように記憶していますが、比べるのも失礼な位私の旅は陳腐ではありましたが一ミリくらいは似たような気持になったのではないかと思います。
 
 「カラッポ」
 
 という表現が適切な気がしました。一生懸命これまでの旅程やら、準備のことやらを思い出してみようともしましたが、そういったことを考えることがバカバカしくなる位海は蒼く、空は青く、ただギラギラしています。


 堤防の上に寝転んでしばらく放心する時間が過ぎました。
 
 悪魔と肩くんだりもしましたが、これはこれで、中村市街で終わらせず、河口まで見に来た甲斐があった気がします。あたりまえですが、川というのはそのうち海につながるんだ、というのを「始まり」から「終わり」まで自分の足で移動して自分の目で確認、という旅はなかなかに達成感のあるものでした。

迷ったら楽しい方!(或いは日和った方)

 しかし10kmを5時間半、というのは休憩の30分を除くと5時間、つまり時速約2kmということで、歩く速度の半分にも満たないカメさん移動速度に改めて軽く絶望します。これ、とりあえず今日は無事ゴールについたけど、明日も同じようにガツガツとヒリヒリの戦いを昼過ぎまで続けるのか...。通常、川というのは下流に来れば来るほど水量が増え、普通は船底がこする心配なんてなくなるものですが、この川はどういうわけか下流に向かえば向かうほど水量の少ない瀬が増えてきます。今日はなんとか無事パンクせずに終えたが、明日は一体どうなることやら、です。
 
 と、無事無沈でゴールした割にはまったく晴れない気分の中、さらに追い打ちをかけるようにポツポツの雨が、ややパラパラに強まってきました。急ぎ沈下橋の下に避難。その道中、改めて周囲を見回しますが「これが本当に口屋内キャンプ場なのか?」という感じの見渡す限り岩ゴーロな光景。むしろどこかの工事現場、という感じ。

 なんでそういう印象を持ってしまうかとしばし考えたところ、どうも「駐車スペース」として指定されている沈下橋部分から河原に降りる緩い斜めの堰堤部分が「工事現場」の雰囲気そのものを醸し出しているようです。しかも対岸には結構立派な集落が見えます。夜になると、あそこの家の皆様からわたくしのキャンプする様子がバッチリ目視確認される、と思うとなおさら気分が沈みます(自意識過剰)。

 さらにこの沈下橋、結構な車の交通量があるんですよね。こんな10月の平日なので地元の皆さんだと思うのですが、雨宿りしているわずかな時間に何台も頭上を車が通過します。真夏の青空の下、ちょうどここで合流している、清流と名高い黒尊川の水量も豊富にあったりすれば全然印象は変わったのだと思うのですが、残念でなりません。

 さて、沈下橋の下で雨宿りしながらしばし考えを巡らせます。
 
 もちろん基本の方針は、予定通りここでキャンプ。しかし時刻はまだ12時半。実はこの日の川下りの途中から、急にもう一つの代替案がムクムクと脳内に発生してきていました。
 
案1:予定通り、ここ口屋内キャンプ場で宿泊。橋の下で雨宿りかテント内停滞。明日は行けるところまで川下りし、タイムアウトとなるところで路線バスに乗って駅に向かう。

案2:川下りを放棄、キックボード移動に切り替え、今日のうちに中村まで移動。ホテル泊まり&居酒屋でグルメ三昧。明日は河口までキックボードで往復。

 ...えーっっっ?この旅は四万十川の川旅、船旅じゃなかったの?ホテルと居酒屋って何それ?タイトルサギじゃん、金返せ!口屋内の河原の石でも投げつけてやる!!
 
 という声が自分の脳内の天使さんから聞こえてきましたし、声だけでなく天使さんの石が次々にわたくしにヒットしてアイタタアイタタの状態だったのですが、そんな石つぶての状態でも私の中では仁王立ちの悪魔さんの案2が瞬殺で完勝の状態でした。理由?「迷ったら楽しい方!」という、これも前回の釧路川トリップで悟った人生の教訓の一つです。...いえ、正直に言いましょう。「楽しい」というより「日和った」。

 ...と、いったい誰に言い訳をしてるのかもよくわかりませんが、実時間としては1分に満たないうちに、スマホ楽天トラベルで宿探しを始め、手ごろな価格のホテルがあったので即予約、川旅放棄確定です。ええ、認めましょう。堕落です堕落。

 しいていうと、口屋内沈下橋から中村の中心部まで約20km、キックボードでそんな距離やったことないよ、いけるのかなあ、いけないのかなあ(ワクワク)というのもありました。午前中の10km漕ぎで完全に腕は死んでましたが、足腰はまだ未使用バッチコイ状態です。ある意味、パックラフト+キックボードの旅の機動力を最大限に生かしています。

 そしてもっと大きなモチベーションとしては純粋に「河口をこの目で見たい」というのがありました。思い返してみれば、旅のテーマも「源流から河口まで」だったのですよね。前回の釧路川では源流の屈斜路湖こそ制覇したものの、河口ではなく途中の塘路というところで上陸してしまっています。今回も、おとなしく皆様のカヌールートに従えば、いけても中村市街の赤い陸橋、もしくは今回の速度でいえばせいぜいずっと手前の高瀬沈下橋のあたりがいいところでしょうか。今日中に中村まで行っておけば、明日は河口までの往復も行けそうです。何気に、中村中心部から河口まではまだ10km程度あるんですよね。

 ということで、手早くパックラフトをたたんでザックに収納し、今度は陸移動の開始です。ちょうど都合よく、雨も小降りになってきてくれました。気温が高く、雨具も必要ない感じです。
 ついでの情報としては、この口屋内集落に酒屋さんが一軒営業している、という情報もありましたが、私が通りすがりで見た限りではお店一件、自販機一台見つけられませんでした。

 集落を抜けると、だだっ広く、真っすぐの道路が続くようになりました。整備しすぎる道路にも色々議論はあるのかとは思いますが、この日のわたくし的にはコレ天国です。川沿いに伸びるよく整備されたゆるい下り坂の道路、キックしなくてもスイスイ進みます。時折見える川をチェックしますが、やはり口屋内までの様子と同様で、長い瀞場ばかり続く感じ。船旅ができなくなってしまったのは残念ですが、別の人力手段で川沿いを移動できるなら、そういう旅もアリか、とも思います。口屋内を1時前に出発して、途中勝間沈下橋を1時半過ぎに通過。この間約6kmなので、なかかな良いペースです。

 
 そうかと思うと急に道路は旧道になり、うっそうと茂った林の中、車が対向できないような峠道のようなところも通ります。こういうところで車に来られると、やり過ごす逃げ場のスペースもなかったりしてちょっと怖いです。と、そういったある峠道で、対向から自転車ツーリング夫婦がやってきました。よく見ると外人さんです。わざわざ外国からやってきて四万十川沿いを自転車ツーリングなんて、なんて物好きなのでしょうか(失礼)。何を思ったか、わたしを見かけるとサムアップしグッドラック!と声をかけてくれました。
 
 途中、河原からかなり高い位置にある民家の柱に「2019年の台風の水位」の線の記録がありました。ちょっとにわかに信じられない高さです。この日は渇水でしたが、やはり四万十川、まだまだ本気を出すと荒れる川のようです。

 さて、途中までかなり良いペースで来たのですが、高瀬沈下橋を過ぎたあたりから、バイパスは川沿いを離れ、峠越えの方向にすすむようになりました。蛇行する川をショートカットすることになるので近道なのは間違いないのですが、川から離れてしまうのはちょっと残念な気もします。しばし止まって考えたのですが、まあ今回に関しては先を急いで良いだろう、と峠越えバイパスルートに決定。
 
 ところがこの坂道が結構しんどい。事前のGoogle Map自転車ルートで標高差もある程度分かっていたつもりではあるのですが、源流部の時と異なり、今回は10キロちょっとの荷物付きです。当然キックして進むことはできず、徒歩状態で坂道を上ると、あっという間に息が切れます。100m、200mが急に長く感じられます。その上、ちょっと油断してキックボードに体重をかけるのをやめると、思いっきり荷物とキックボードごと前方に倒れます。次に同じスタイルで旅するなら、荷物のつけ方はもう少し考えなおしたほうがいいかもしれません。
 
 あとこの区間は結構トンネルも多いです。事前にトンネルや夜間の移動も想定して、ハンドルにはライト、後方には反射板をつけて臨んだのですが、やはりキックボードの速度で長いトンネルを走行し、しかも車に抜かれたりするとそれなりに怖いです。

 そんなこんなでいろいろな苦労もありましたが、なんだかんだで4時過ぎには中村市街の予約したホテル、中村プリンスホテル西武グループと関係なし)まで到着。20kmを3時間ちょっと、下り坂に随分助けられたものの、悪くない移動でした。ただ、川旅なのかと言われると、そこは悪魔にそそのかされたから、としか言いようがありません。

 どっちかというと皆様に謝らなければいけないのは、この後のグルメ三昧ですね。本当すいません。近くにあった「居酒屋いなか」にて、おひとり様居酒屋。

 カツオ。川エビ。酒盗。清水サバ。ケガニ。青のり。

 天国。

 むしろこのためにこの旅行があったと言っても過言ではないです。人生、生きているとまだまだ未知の美味との遭遇があるものです。