パックラフトでソロの四万十川

+キックボードで、源流から河口まで辿った2023年秋の記録。

源流アタックセクション、最初のハイライト。

 時刻は11時半過ぎ。ここまではバッチリ乗換案内で調べたとおりの定刻。
 
 さて、改めて深呼吸をして、源流アタックの開始です。ある意味、今回の行程中で一番の山場かもしれない区間。「そんな大げさな」と言われるかもしれませんが、この長さ、この高低差、この時間制限、という制約条件はアラフィフおじさんには大変敷居が高く、事前に何度もグーグルストリートビューでスタートから源流視点までの道のりを確認してイメージトレーニングを重ねました。
 
 そのかいあって、まずはバス停でキックボードを組み立て、荷物をひっかけてコミュニティバスのバス停となっている地域の集会場までスムーズに移動。ここに荷物をデポさせてもらい(〇〇時までに帰ってきます、ご連絡は下記電話番号まで、と札をつけておきました)、防振万年手袋と折りたたみヘルメットを装着して、いよいよ本格的にスタート。時刻は11時50分、バスを降りてから意外と時間がかかってしまいました。

 予習していた通り、最初は山里の集落を抜ける比較的平坦な道のセクション。正直私の実家のある埼玉の奥武蔵と言われる地域とほぼ変わりない光景が広がります。山谷に広がる棚田チックな山村風景。ちょうど田んぼの稲刈りの時期で、「実りの秋、美しい日本の秋」というどこぞの宣伝文句のようなのどかな景色の中を、一人明らかに場違いにテンパっているオジサンがキックボードで駆け抜けます。つまり「駆け抜ける」と言って差し支えない表現ができる位、この区間はまあまあの平坦です。ここまではキックボードの選択が成功しています。

 
 ですが、そういった快適な区間はあっという間に終わり、集落が途切れて「つづら折り」という表現が適切な山道セクションに入ります。こうなるともうキックボードの意味はありません。最初は登りとは言え、片足が休める分少しでもキックボードで移動したほうが楽なのかなとも思いましたが、当たり前ですが勾配がきついとキックしてもまったく滑走しません。はっきりいってキックボードに乗らず、普通に歩くのが最適解です。ただ、幸いなのは自転車と違ってキックボードは軽量なので、手押しで歩く分にもさほど負担にならないところです。
 
 しかしながら、いつまでも歩いていると到底往復3時間は達成できません。出発前に、午後1時時点で折り返し地点、つまり源流地点に到着していなければそこで引き返す、と決めておきました。しかしながらキックボードが使えた集落地域まではペースが良かったものの、上り坂セクションに入ってからはみるみるペースが落ちていきます。そりゃそうですよね、普通に歩いているわけですから。10月ですが、猛暑だったこの年の名残をそのまま残す、やや暖かすぎの秋の日差しのなかで、じっとりと汗をかきながら登坂をすすめます。だいたい歩き、たまに小走り程度で。息はゼーゼー。

 道はいつしか杉林の中を進むようになりました。日差しを遮ってくれるのが嬉しい。しかし正直、四万十川源流というからどのくらい美しい林が広がっているのかとも妄想していましたが、ここも実際、奥武蔵と見間違うばかりの単調な杉林植林なんですよね。まあしつこいですが予習したので知ってましたが。
 
 そして、山奥の林道のはずなのに、それなりに車やバイクの交通量がある。隣の集落への生活道路ともなっているようなので当たり前ではあるのですが、あとは「源流」の名前にひかれて立ち寄る観光目的な皆様も少なくないようです(お前もだろ)。普段、ランニングや自転車などで一般道のヒルクライムというのをやらないのでそういった大会に参加する人たちの精神面がよく理解できないのですが、わたくし個人としては自分が人力でえっちらおっちらやっている中、隣を颯爽と文明の利器が通過していくとそれなりにガッカリします。人力で行くからには人力でないと行けないところダロ、とついつい思いがちです。いろいろ精神的に修業が足らないですよねわたくし。

 そういったメンタル面の弱さはこういった忍耐を要求するセクションにはてきめんに影響が表れ、「車でも行けるのに人力なんて無意味ダロ」「無意味ならゴールにこだわる必要ないダロ」「ゴールにこだわる必要ないなら今すぐ引き返してもいいダロ」と悪魔の囁きがすぐに大活躍を始めます。周囲の「まんま奥武蔵」な景色がなおさらその思考を加速させます。
 
 何度、

 「ここを源流とする!」(水曜どうでしょう、ヨーロッパ編からのインスパイア)
 
 と宣言し、写真1枚とって引き返してしまおうと思ったことでしょうか。ただ、残念ながら目標の引き返し時間、1時までにはまだ時間があり、「しかたねえ、もうちょっと、あのカーブの先位まで行ってみるか」「せめてあの分岐までは行ってみるか」とぜいぜい言いながら、文字通り一歩一歩足取りを進めました。

 そうこうしているうちに、景色はいつの間にか杉林植林から雑木林に変わり、そこかしこに展望が開けて遠景が眺められるような場所になってきました。「ん?なんかちょっと爽やかか?もうちょっとがんばれるか?」と思い、あと少し、あと少しを繰り返すうちに、「源流まで〇〇km」の看板も増えてきました。
 
 そして、時刻は12時58分。とうとう、「四万十川源流の碑」に到達。7km、500mの登りを約70分で制覇です。

 

 ...え?源流地点はここではなく、ここから徒歩20分の山道を歩いた先ではないかって?

 まさにリアル「ここを源流とする!」です。

 もうHP(ヒットポイント)残っていません。帰り道が下りでなければここで朽ち果てているところです。いやーアラフィフおじさん、自分で言うのもなんですが、この登りはよくがんばったですよ。上り坂なのに時速約6km、上出来です。ここ何年も味わったことのない達成感。自己満足の極みです。そしてなにより、ここが今回のテーマ「源流から河口まで旅する」のスタート地点でもあります。 
 
 ちょうどおあつらえ向きの沢もチョロチョロと流れており、少なくとも源流の気分は満喫です。実はデイリーポータルさんの記事を拝見して、徒歩20分歩いた先の「源流の看板」地点であっても何か特別湧き水みたいになっているわけではなく、普通の沢の一部である、ということを知っていましたので、それならここでも大差ないだろうと思ってしまったこともありました。あとはなんといっても、事前に決めていた折り返しの時間きっかりでもありましたし。
 
 改めて周りを眺めてみれば、さすがは源流地点、あたりは雑木に囲まれ、ややひんやりした空気の中に沢と小鳥の音だけが響きます。たしか実家の近くの「個人的奥武蔵三大がっかりスポット」の一つ(超失礼)、黒山三滝の奥あたりもこんな景色だったような、ということは決して思い出さないようにし、とりあえず達成感に浸ります。

 しかしいつまでもゆっくりしているわけにはいきません。ただいまを言うまでが遠足、と言われますが、コミュニティバスに乗るまでが源流アタックセクションです。数分記念撮影などしたら、さっさと帰り道に向かいます。今度は、キックボードが大活躍する下りのセクションです。

 実は、これまで長い下り坂、というのの試乗もまったく行ったことがありませんでした。事前によそ様のキックボードでダウンヒル、みたいな記事を拝見した限りだと、やれスピードが出て怖いだの振動がひどいだの気になる内容ばかりでしたが、特に心配になったのが「連続でブレーキをかけるとタイヤやフェンダーが高温になりブレーキが効かなくなる」という内容。自動車でも有名な話で、だからエンジンブレーキを使え、みたいな話だったと思うのですが、キックボードではエンジンなんてありません。つまり極力スピードを出さずに下るのが吉、となりそうです。

 ということで、最初は恐る恐る、かなりブレーキかけまくり、というかかなり速度落としぎみ、で出発したのですが、何しろ源流付近の道路はかなり勾配がきつく、もう常にブレーキをかけているような状態でないとすぐ加速してしまう。

 当初わたしはひどい勘違いをしていて、上記の事前情報からフェンダーブレーキ(足ふみブレーキ)はすぐ加熱してしまうから危険だけど、ハンドブレーキならそういうこともなさそうだ、と思っており、この下り坂の最初ではハンドブレーキばかり使っていました。ところがこのハンドブレーキ、実際の構造はどうなっているかというと、消しゴムサイズくらいの鉄の塊部分をウレタンタイヤに押し付けるだけの構造です。つまり、自転車のようにホイールにゴムで押し付けたりするような高速回転への配慮があるわけではなく、逆に制動部分がフェンダーブレーキ比でもとても小さく、つまり強くブレーキかけると容易にタイヤロックしてしまうのです。
 
 ここでようやく最初のころに触れていた「ハンドブレーキの問題」の答え合わせとなるわけですが、急な下り坂でハンドブレーキを多用し、タイヤがロックしまくり、ロックしたタイヤでスリップしまくり、という下り方をしてしまったので、タイヤが偏よった減りを起こしておむすび型となり、猛烈にガッタンガッタン振動が発生するようになってしまいました。
 
 時すでに遅しですが、ようやくこういったシチュエーションではフェンダーブレーキのほうが良いと気づいても後の祭り、もうガタガタは治りません。この長い下り坂でゴールすることには案外削られて段差がなくなったりしないかな、と淡い期待を抱いたりもしましたが、まったくそんなことはありませんでした。

 ちなみに後日談ですが、この段差は「シューグー」という靴底修理剤で修理することができました。ご参考までに。 

 しかし、一度フェンダーブレーキでゆるやかにブレーキをかける、という乗り方を覚えてしまえば、あとは快適そのものです。上り坂の苦労が報われる瞬間ですが、HPゼロの状態でもキックボードは快適に下り坂を進みます。一応、ブレーキに気を使い、あくまで速度は控えめ、あと登りがテンパって余裕がなかった分、下りは停車しての写真撮影も多めにしました。
 
 途中、道端にいた地元の人と思しき皆様から「ちょっと、ちょっと」と呼び止められました。常に卑屈なわたくしは「あれなんか悪いことしたっけ」と思ってしまいましたが、そうではなく「おまさんはさっき登って行った人か、まさか源流までいって帰ってきたがか」などと聞かれました。そうですよ、これから船戸集落まで戻るところです、と伝えると、「ハァーたいしたものや」と無駄に驚かれました。実際はもう少し方言がきつく、考えてみれば土佐弁を聞いたのはこの旅で初めてでした。

 さて、気持ちに余裕がでれば、見える景色も変わってきます。杉林セクションを抜けると、先ほど通過してきた山村集落を高台から眺めるエリアになります。農作の苦労がしのばれる、小さめな面積の棚田が連なる山村集落。先ほどよりずっとひどい表現をしておりましたが、こうして改めて眺めてみれば清く美しく正しい日本の秋の景色です。なるほど四万十川の源流、経験値いただきました、という感じです。

 それでもやっぱりどこか実家の近くの集落を通っている気分が抜けない中、無事ゴールの荷物デポ地点まで到着。ずいぶんゆっくりと下ってきたはずだったのですが、終わってみれば下りは30分もかかっていませんでした。まだバスの時間まで1時間近くもあります。これなら源流までの徒歩往復も間に合ったのかもしれません。体力的にはまったく間に合っていなかったと思いますが。
 
 何はともあれ、ゴール地点にあった満天の星本店、というところで名産の抹茶を使ったソフトクリームをご褒美として摂取。しみ入りました。